シンガポール日記
(前)
専門学校の修学旅行はシンガポールへ参りました。行き先には選択肢がありましてアメリカを選ぶことも出来ましたが、たいていの生徒は手頃なシンガポールに丸を付けました。
私は海外へ行くのははじめてのことで、長い空の旅は苦痛をともないました。暇つぶしのために母親のCDウォークマンを借りていきました。中には中島みゆきのCDが入っていましたが、そのまま持って行きました。しかし離陸直後にイヤホンを耳へさして再生ボタンを押したところで電池の入っていないことに気が付いて、早々にただのお荷物となりました。
緊張したのは機内食です。事前の噂によりますと、スチュワーデスさんが「Fish or meet?」と尋ねて来るので、どちらかを選んで英語で意思表示をしなければならないらしいのです。食事の時間になると果たして乗務員が重そうなカートを押しながら近づいて来ました。周りのクラスメイトももじもじしています。私は不安と緊張を隠して、さもお馴染みであるかのように装い、先陣を切って「ミートプリーズ」と言ったところ、スチュワーデスは顔も上げず「Fish only」とクールに返してお魚料理を置いていきました。私はあやうく脱出扉を開けるところでした。
消灯の時間になりましたので眠くはありませんでしたが薄いごわごわした毛布をかぶって目をつぶりました。機体が風を切る摩擦音とエンジンの轟音の混ざった騒音が不思議な心地よさを誘い、いつの間にか眠りにつきました。
どのくらい眠ったのかわかりません。目を覚ますとすっかり明るくなっていて機内がそわそわしています。もう降りる支度をはじめていました。私は朝ご飯を食べていません。隣の座席に、食事はと聞けば、もう食べ終わったと言います。そして、お前は眠っていたから給支を抜かされたのだと教えられました。どうして起こしてくれなかったろうと恨めしく思いました。
そうして音の鳴るお腹と音の出ないCDウォークマンを抱えてじっとりとしたシンガポール空港に降り立ったのでした。
(中)
真冬の日本を発って八時間、熱帯夜のシンガポール空港に降り立ちました。空港の外は暗闇でしたが、東南アジア独特のねっとりとした熱気と猥雑な匂いが異国情緒を誘います。べとべとした空気が身体に重くのしかかってたちまち倦怠感に襲われました。分単位のスケジュールを団体でぞろぞろと縫って歩くストレスも加わって私はたちまち頭痛を催しました。
翌日からの見学工程といえば、怪しい貴金属店でショーケースの中の黒ずんだ装飾品を見せられたり、化粧臭い大型ショッピングモールで延々と買い物時間を与えられたり、宿泊先の隣にあるデパートで自由行動をさせられる有様で、いったいこの旅行でどのように学を修めたらよいのか戸惑ってしまいました。
それらしい見物といえば遺跡を訪ねたくらいでしょうか。といってもそこに建物は跡形も無くて、崩れた石畳に雑草が丈高く頭を垂れているだけでした。バスの添乗員がなにか説明していますが名前も歴史もわからないままでした。遺跡の片隅でターバンを頭にのせた男が、腕時計をたくさん地面に並べて「ニセモノノ トケイ ヤスイヨ ニセモノノ トケイ ダヨォ」と、しきりに私たち日本人を誘惑していました。
さんざん引き回わされてとうとう日も暮れました。くたくたになっているところへ最後のとどめとばかりにナイトサファリが用意されていました。夜行性の動物やホワイトタイガーが見られるというふれこみでしたが、昼間に一生懸命働いた動物たちはきれいに退社していて、園内には生物の気配がそよともせず、ただ熱帯の深い暗闇の中を日本の子供達がカートに乗って真顔で運搬されていくだけでした。
ホワイトタイガーには会えませんでしたが、ホワイトタイガーのイラストがプリントされたお菓子は売店にたくさん積まれていました。皆はせめてものお土産に漁っているようでしたが、私にそれを買う気力はありませんでした。薄暗い売店の蛍光灯の点滅が、重い頭に響きました。
(下)
昼間は何件かの飲食店へ連れていかれました。どれも口に合いませんで食べた気がしません。ひもじいのでセブンイレブンでカップヌードルとプリングルスを買ってホテルへ戻りました。遥々シンガポールまで来てカップ麺かと、部屋でお湯を注ぎながらあわれを催しました。
さて三分経ってフタを剥がし、麺をすすりますと、あまりの異様な味に吐き出してしまいました。生ごみのような臭いと、それにふさわしい味。お馴染みの商品でも国が違えばこうも味付けが変わるのかと、その日はじめて学を修められた気がしました。
ラーメンは諦めてプリングルスを恐る恐るかじります。事によるとこれも学を修めなければならないかもしれず緊張がはしります。果たして、日本と同じ味でした。空き腹にプリングルスの味が沁みました。しかし空腹は満たされませんでした。部屋には大きなテレビがありましたが、頭痛薬を飲んで早めに寝ました。病気で床に臥せているときのように大量の寝汗をかきました。
その他諸々、タノシイタノシイ修学旅行をなんとか歩きぬいて生きぬいて、私たちは真冬の日本へぞろぞろと帰還しました。冬は大の苦手ですが、帰国して日本の冷たい空気を吸うと、懐かしく温かい気持ちになりました。ここが自分の国だと実感いたしました。
私がシンガボールの象徴マーライオンを見ていないことに気が付くのはずっと先のことで、卒業アルバムのなかにクラスメイトがピースしているマーライオン像の写真を見つけたときでした。アルバムには見覚えのない場所でクラスメイトたちが楽しげにポーズをとっている写真がたくさんありました。クラスの集合写真らしきものもありましたが私の姿は見当たりません。私一人だけどこへ修学旅行に行っていたのか不思議におもいました。