小学生のとき、ナイフを買った。

 それは男の子の純粋な冒険心からでした。どういういきさつだったか忘れましたが、幼馴染のH君とのあいだで、本物のナイフを手に入れようという話になり、近所の怪しい雑貨店へ繰り出しました。その小さな店には雑貨に紛れて、ナイフが並べてありました。H君と私はお互いに気に入った意匠を選び、レジに持っていきました。私は刃渡り十センチほどの黒い折り畳みナイフでした。店主は黙って売りました。

 私たちはポケットにナイフを忍ばせ、末枯れた河原へ繰り出しました。そうしてそこに生えている草をぱつぱつ切ってまわりました。お世辞にも切れ味が良いとは言えませんでした。しかし少年の冒険心を大いに満たしました。
 その後ナイフは母親に見つからないよう、勉強机の引き出しに隠されました。ときどき取り出しては刃を起し、柄を握りしめて眺めました。ただそれだけでしたが、そこに言い知れぬ充足感を得ていました。

 河原に、たくさんの風が流れた。

 あの怪しい雑貨店はもうありません。あのころの記憶も遠く霞んでしまいました。けれど、ナイフはまだあります。押入れの小さな箱の中に眠っています。ときおり押し入れに用があると、ついでにその懐かしいものがいろいろ放り込んである小箱を開けたりします。たまにナイフを取り出して、刃を起こし、柄を握ってみます。昨日買ったように錆ひとつ付いていません。大人の目で見ると、申し訳程度に研磨された刃は、ほとんどペーパーナイフのようです。でも、こんなに重いものだったかと、その都度おもいます。