子どものころ、近所の小さな神社で秋祭がありました。お祭りの夜は神社のまわりの狭い路地に屋台が軒をつらねました。私はおこづかいをにぎって友だちと夜の雑踏へ繰りだすのを毎年楽しみにしていました。
 だれが言いだしたのかはわからないけれど、お祭りのあとにはお金がたくさん落ちているという噂がありました。私は一度ひろいに行ってみたいとおもっていました。

 ある年の秋祭の日は、ちょうど祖母が家へ泊まりにきていました。それで祖母と一緒に祭りのあとの宝さがしへ行くことになりました。
 お祭りの翌日、朝早くに祖母と家を出ました。
 神社は、まだ陽の上りきらない白々とした空気のなかにしずかにねむっていました。まるで昨夜の雑踏が幻だったかのように、路地にあふれていた屋台も人影も、あとかたなく消えています。路面のところどころに水が黒く染みこんでいました。そのわずかな夢のなごりがさびしく見えました。

 私はそのさびしい路地を祖母とともに見てまわりました。一円玉がある。十円玉がある。五円玉がある。つぎつぎに小さなお金が見つかりました。境内もさがしました。私は硬貨が目に飛びこんで来るたびに、はっとしました。そしてすばやく指にはさみました。祖母も見つけました。祖母は硬貨をひろいあげると、貯金箱へ入れるみたいに私の手へ落としました。

 一番の大物は五百円玉でした。じぶんのお財布に入っているそれよりも、大きく立派に見えました。宝さがしの収穫は子どもの小さな手につつめるほどだったけれど、私はそれをにぎってほくほくしながら家路につきました。

 そのころは祖母もぴんぴんと歩いていました。しかし晩年は脚をわるくし、車椅子で窮屈な生活をしいられました。それでも頭は冴えていて快活でした。百歳まで、と皆が期待していました。が、あるとき黒い血を吐いて、それから数年で天寿をまっとうしました。九十三歳でした。

 葬儀の日、会場に飾られた祖母の写真や遺品をながめながら、私は祖母との思い出をたぐり寄せようとしたけれど、成人してからは会う機会が減ったこともあり、これといった思い出もありませんでした。祖母と祭りのあとに宝さがしへ繰りだしたことも、そのときはなぜか思い浮かびませんでした。

 ところがもうすぐ四十九日をむかえるという日、ふと宝さがしの記憶がよみがえったのです。なぜ葬儀のときに思い出さなかっただろうと、少しふしぎな気がしました。
 私はこう考えました。あるいはそのささやかな思い出のかけらは、祖母がこの世の去りぎわに、自身の人生の軌跡からひろいあげて、貯金箱へ入れるみたいに私の手へ落としてくれたのではないかと。人生のあとには宝物がいっぱい落ちているよ、と。
 私は祭りのあとに立ち、そのわずかな夢のなごりをなつかしく眺めています。