灰皿
私が店に顔を出すと、決まってYさんは散らかった作業場から這い出してきて、お客用の椅子に身を沈め、煙草に火を付けた。そうしてダンディな口髭を動かして愉快そうにお喋りをした。煙草をよく吸う人だった。
Yさんは場末の小さなハンコ屋の主である。頭は白いが好奇心旺盛でそそっかしく、そしていつも柔和な笑顔を湛えていた。雑多な店内には様々な商材が脈絡なく配置され、人のいいYさんが引き受けた細々とした仕事で散らかっていた。話がしやすく、融通が利き、値段が安かった。
若い私はYさんの人脈を頼んで、店に通ってはアイデアや企画書を持ち込んだ。Yさんは眼鏡を押し上げて細かな文字をのぞきこみ、一読すると「いいねぇ」と言った。そうして「いいお客さんがいたら話してみるよ」と請け合った。
私はしだいに忙しくなり、それまでのように店で油を売っている訳にはいかなくなった。それでもたまに顔を出すと、Yさんは「どう?うまくいってる?」と、いつもの柔和な笑顔で尋ねた。相変わらず店は散らかっていた。
そんなある日、しばらくぶりに店を訪れてみると、Yさんはおらず奥様が立っていた。
「主人が入院したんです」と、奥様は言った。肺がんだった。
突然のことで詳しい話も聞きそびれ、容態を案じていたところ、幾ばくもなく奥様から電話がかかってきた。訃報だった。
通夜の日は、午前の仕事がひと段落すると、黒いネクタイを巻きながらYさんの自宅へ向かった。
しんとしたYさんの家には、私のほかに客はいなかった。小さな和室にささやかな祭壇が設けられ、その前へ布団を敷いて、Yさんは眠っていた。いつもの柔和な顔だった。
奥様は喪服姿で布団の脇へ正座をし、「生きてるみたいでしょう?」と、うるんだ声で言った。
Yさんの亡きあと、店には奥様が出勤した。しかし主婦である奥様が店を切り盛りするのは、小さな個人商店といえども容易ではなかった。私はYさんへの恩義から、店へ通って奥様を手伝うアルバイトを申し出た。
奥様は帳簿のつけ方も知らない。私は、レシートを台紙へ貼りつけて保存することから教えた。
ところが一週間後に再び行くと、レシートは手付かずのままだった。代わりに、先代が散らかしたままになっている作業机の上へ、読みさしの婦人雑誌がひらかれていた。
奥様は決まって、私が来ると、読んでいた本を伏せ置いて、いそいそとスーパーマーケットへ買い物に行った。私は店番をしながら、黙々と帳票に水糊を引いた。
「遺族年金が入るから無理に店を続けなくていい」
あるとき奥様はそんな口吻を漏らした。Yさんが長年築き上げた、店の有形無形の財産には無頓着だった。
春の日差しが差し込む店先に、Yさんの並べた印鑑が埃をかぶっていた。
私も以前のように暇な身ではなかった。ほどなく店とは縁を切った。
かつてYさんは、とつぜん飛び込んできた若い私に、商売を棚に上げてチャンスを与えた。私は、ひとりよがりの打算から、未亡人を置いて店を去った。Yさんの、そろばん勘定だけではない冒険心と人情に惹かれたのではなかったか。私は恩知らずの薄情者だったろうか。
そんな遠い昔の記憶のかけらが、いつまでも小骨のように心に刺さっている。
思い出すYさんの顔は、何も言わずいつも柔和に笑っている。