最後の言葉
祖父は九十一歳で亡くなった。老衰だった。元来丈夫な身体だったが、一度転んで骨折をしてからは潮の引くように衰えていった。久しく叔母の家で介護をしていたが、最後は施設のお世話になった。
もういよいよだと、叔母から連絡を受けて、家族そろって施設へ見舞いに行った。冬のことだった。祖父は骨と皮だけになっていて、目は見えず、意識も薄かった。痛々しく思う反面、不思議と充足感にも似た感覚が同居していた。命を使い切っている、そんな印象を受けた。
ベッドに横たわる祖父のかたわらで、容態や介護の様子などが叔母の口から伝えられた。穏やかな雑談のなかにも、皆が知りながら、誰も口にしない言葉があった。そのかわり、誰が言うともなしに、祖父を囲んで記念撮影をした。
別れ際、祖父に挨拶をする段になって、私は言葉に詰まった。これが最後だとわかっていながら、一日でも長く生きてほしい相手に、いったい何と声をかけたらいいだろう。普段、人と別れるときに交わすどんな言葉も、その場には不適切だった。
「あったかくしてね」
苦し紛れに出た言葉は、それだけだった。
帰り道、暗闇に流れる高速道路の白線を見つめながら、言葉の無力さを嚙みしめた。
ほどなくして祖父は逝った。ごはんを残さず食べるように、人生を残さず生きた。もう喋れない祖父は、その事実だけを残して去った。しかしそれが残されて者たちにとって最大の救いになった。人ひとりが生きるということの重みを私たちに残していった。
別れ際に追い詰められて出た私の言葉は、まちがっていなかったと思っている。追い詰められたがゆえに、こころから出たまじりけのないすなおな言葉が生まれたのだとおもう。まちがってはいない。しかし目も耳も閉じられ、意識すら遠のいた、静かに息をするだけの祖父に、それが届いたかどうかはわからない。
葬儀の日、棺に眠る祖父の頬にふれた祖母が、驚いた顔で私をふりむいて言った。
「わたしよりあたたかい」